はじめに
LOVE SHADOW™
はじめに
LOVE SHADOWプログラム / 2026 → 2027
Ⅰ
LOVE SHADOWプログラムとは
ひとことで言うと
日本の美意識を使って、自分の身体と生き方を見直すのではなく、見なおすための一年です。
直すのではありません。同じものを、もう一度、ちがう見方で見る。それだけです。
四つのことが、起きます
- 自分の影や欠けを、日本の美として見立てる消すのでも、隠すのでもなく、別の意味を重ねます。
- 枠の外に、いちど出る撮影から展示までを通って。戻ってくることが前提です。
- 想像の外側を、面白がる自分で選んで、やってみる。遊びです。
- あなたの日常が、物語になるこれは、主宰である私の仕事です。
渡したいもの
人の目を気にせず、これからどうしたいかを自分で考え、選ぶことは──意外に、たのしい。
そういう気づきを、持って帰っていただきたいと思っています。
正しくなるためでも、癒されるためでも、自由になるためでもありません。たのしい、で終わっていいんです。
お約束していること
- 展示する写真は、一枚ずつ、こちらからお聞きします。外したいものは外せます。
そのとき、どこが嫌なのかを教えてください。それが分からないと、代わりの一枚を選ぶお手伝いができません - 展示は、女性のみのご来場です。会場内の撮影は、どなたも禁止です
- 写真データの保管・使う範囲・保存期間は、書面でお示しします
- 撮影から展示まで、月に一度、ご様子をうかがいます
私のこと
写真家になる前は、看護師でした。二十五年です。ずっと、人の身体のそばにいました。
そこで強く印象に残っているのは、人の美しさでした。
ご飯を全部食べられた日。窓のそばに座れた日。──何でもないことが、輝いて見える瞬間に、何度も立ち会いました。
その話は、おいおい。
Ⅱ
これは「感性を磨く道」です
なぜ、感性なのか
「ありのままでいい」と言われて、腑に落ちたことがありますか。
たぶん、ないと思います。言葉では分かるのに、身体が納得しない。
それは、使っているものさしが古いままで、しかもそれを試した体験がないからです。
だから、この一年でやるのは、考えを変えることではありません。ものさしを増やして、実際に使ってみることです。
一年の道のり
今日は、名前だけ通します。中身は、あとで詳しくお話しします。
→置く→納品→感想会→選ぶ
→展示→振り返り
十一の場所を通って、一年です。
急がずに、いきます。
Ⅲ
この一年で何をするのか
── 正解とふさわしさ
置いておく問い
今日は、答えなくていい問いです
正解って、どういうことでしょうか。
考えても、考えなくてもかまいません。答えを出す必要もありません。
一年かけて、変わっていくと思います。最後にもう一度、同じ問いをお渡しします。
01
正解はありません。でも、ふさわしさはあります。
「正解はない」とだけ言われると、こう思いませんか。──じゃあ、何でもいいの?
いいえ。何でもいいわけではありません。仕事にも、家族にも、人づきあいにも、その場にふさわしい振る舞いがあります。それは確かにあります。
ただ、それは「正解」とは別のものです。
| 決めるのは | 外れると | |
|---|---|---|
| 正解 | 外。誰かが、どこかで決めた | 減点。失格 |
| 好き勝手 | 自分だけ | 誰かが困る |
| ふさわしい | 場と、相手と、自分の関係 | 座りが悪い |
ふさわしさは、「あいだ」で決まります。ひとりでも決まらないし、誰かが決めるものでもない。だからその場ごとに変わります。
02
だから、感性が要ります
| 正解 | ふさわしい | |
|---|---|---|
| 数 | ひとつ | その場ごとに変わる |
| 必要なもの | 覚えること | 感じ取ること |
正解は、覚えるものです。ふさわしさは、その場で感じ取るものです。
もし正解があるなら、覚えればいいだけです。感性など要りません。
「正解はない」という前提と、「感性を磨く」という目的は、同じことの表と裏です。
だから、楽になるわけではありません。その都度、見なければならない。
——でも、そのほうが面白いんです。
03
虚と実の、あいだ
日本には、これを言い当てた言葉があります。
芸は、虚と実の、薄い膜のあいだにある。
── 近松門左衛門が語ったと伝えられる言葉です(虚実皮膜)。
本当のことだけを写しても、芸にはならない。かといって、絵空事になってしまってもいけない。そのあいだの、薄い膜の上にしか立たない。
虚 ── 絵空事・つくりもの
石を、本気で島だと信じる
皮 膜
石は石だと知ったうえで、島としても見る
実 ── ありのまま・記録
石は、石でしかない
この真ん中を、日本では「見立て」と呼んできました。枯山水の石が島に見えるのも、割れた器の金の筋が景色に見えるのも、ここです。
見立ては、何でもありではありません。ふさわしいものだけが、見立てになります。
04
ひとつ、例を
写真で「盛る」ことを考えてみてください。良いとも悪いとも言えません。でも、ふさわしさは場面で変わります。
| その写真は | 盛りの上限 | |
|---|---|---|
| お仕事の プロフィール写真 | 会う前の約束 | 日常のいちばん良い日まで。 超えると、会った瞬間が約束違反になる |
| 晴れ着・七五三 結婚式の写真 | 一度きりの記録 | 上限なし。 誰も、それを日常だとは思わないから |
同じ「盛る」という行為です。正解はありません。でも、ふさわしさは、はっきり違います。
05
この一年で、すること
ふさわしさを見分けるには、ものさしが要ります。ひとつしかないと、そのひとつで全部を測ることになります。
この一年でやるのは、ものさしを増やすことです。日本の美意識から、四つ。
そして最後に、それを自分の身体に当ててみます。
上手くなるためではありません。面白がれるようになるためです。
私から、ひとつだけ
不完全を、愛すること
私からの提案は、ひとつだけです。
不完全なものを美しいと見る──そういうものさしを、一本持ってみませんか。
欠けた月。割れて金でつないだ器。散っていく桜。日本には昔から、そういう見方がありました。
まずは、暮らしのもので試してください。欠けた茶碗を美しいと思うのは、自分を美しいと思うより、ずっと簡単です。順番は、それでいいんです。
使うかどうかは、一年やってみて、ご自身で決めてください。
Ⅳ
「感性を磨く道」とは
三つの層で、見ます
| 出来事 | 外側で、実際に起きること |
| 内側 | そのとき、心が動くこと |
| ものさし | そのとき、手元にあるもの |
「ものさし」の欄を、縦に読んでみてください。一本しかなかったものが、四本ふえて、使えるようになって、最後に五本になります。それが、この一年の物語です。
道は、三つに分かれています
- 離れてみるいつもの自分から、いちど離れます。診断・セッション・ワーク・撮影まで。
- 間をとる撮影から展示までの、数ヶ月。何もしないように見えて、じつは、ここが本体です。
- 統合する展示。人に見られることで、閉じます。ここまで来て、はじめて一年が終わります。
(人類学では、分離・過渡・再統合と呼ばれるかたちです)
これは、七五三や成人式や結婚式と同じかたちです。古くからある、通り方です。
だから、何かを克服する必要はありません。ただ、通ればいいんです。
地図を、ご覧ください
十一の場所と、そこで起きることを、一枚にしています
※ 時期は目安です。季節はその年によって動きます。
おわりに
お聞きしたいこと
三つだけ。うまく答えなくて大丈夫です
一 これまで「ちゃんとしなきゃ」と思ってきたことを、ひとつ教えてください。
二 それは、誰が決めた「ちゃんと」でしたか。
三 正解がないとしたら、何を試してみたいですか。
二番目で言葉が出てこなくても、それでかまいません。出てこないこと自体が、ひとつの答えです。
この問いだけ、持って帰ってください。
一年後に、もう一度おうかがいします。